
RATTAN しなやかに、強く。
しなやかさと強さを併せ持つ、
家具づくりの原点となる天然素材。
一本一本異なる表情を見極めながら、
その個性を活かして家具へと仕立てています。
1916年の創業以来、
ラタンと向き合い、
家具をつくり続けてきました。
天然素材の恵み
職人の技術
長く使える家具
積み重ねてきたものづくりを通して、
自然と人の暮らしが心地よくつながる
インテリアを提案しています。
家具は、長く使われてこそ価値がある。
私たちが大切にしているのは、
暮らしの中で長く使い続けてもらえる
家具をつくること。
使う人の暮らしに馴染み、
時間とともに愛着が深まっていく。
そんな家具をつくるために、
素材と向き合い、
職人の技術を磨き、
ひとつひとつの家具を
丁寧につくっています。
素材には、それぞれの時間がある。
ラタンが育つ時間。
木が年輪を重ねる時間。
そして、家具として使われる時間。
私たちは、それぞれの素材と向き合い、
その個性を活かしながら、
長く使える家具へと形にしています。

しなやかさと強さを併せ持つ、
家具づくりの原点となる天然素材。
一本一本異なる表情を見極めながら、
その個性を活かして家具へと仕立てています。

曲げる、編む、組む。
ラタンの特性を活かし、職人の技術で家具へと仕立てています。

チークをはじめ、ラタンやさまざまな素材を組み合わせ、それぞれの特性を活かした家具をつくっています。
素材の個性を活かし、
心地よい家具へと仕立てています。
自然の恵みを活かし、
長く使い続けられる家具をつくる。
それは、私たちが創業以来、
大切にしてきたものづくりの姿勢です。
素材を選ぶこと。
丁寧につくること。
受け継がれる技術を守ること。
自然と人、その両方に向き合いながら、
これからも持続可能な
ものづくりを続けていきます。
ラタンをはじめ、やがて土に還る
天然素材を取り入れ、
素材の特性を活かしながら、
無駄を抑えたものづくりに取り組んでいます。
耐久性に優れたラタンは成長が早く、
製造過程の材料ロスや温室効果ガスの
排出も非常に少ないサステナブル素材です。
そして、持続可能なものづくりには、
素材だけでなく、それを未来へつなぐ
人の力も欠かせません。
受け継がれてきた技術を守り、
ものづくりを支える地域とともに歩む。
自然と人、その両方と向き合うこと。
それが、私たちの考えるサスティナビリティです。

持続可能な現代的生産と、インドネシアに受け継がれてきた手編みの伝統。その両方を大切にしています。

ラタンはインドネシアの伝統産業であり、多くの人々の暮らしを支えてきた大切な産業です。
サンフラワーラタンは1916年以来ラタンに情熱を注ぎ続けてきています。
90年代にラタンの資源の80%を抱えるインドネシアの政府による原料輸出禁止令に伴い現地に工場を設立しました。
継続的な生産、技術指導、社員教育の結果、世界中から大量注文を受けられるまでになりました。
サンフラワーラタンはラタン家具を作り続けてきた圧倒的な経験と知識、伝統の技術で業界最高水準の製品を作り続けています。
宮大工を先祖にもつ木村儀三郎が枚岡市(現東大阪市)にて籐家具の生産を開始。
籐細工が時代の洋風化に伴い家具作りに拡大、籐椅子などを製作。
大阪の地場産業としての礎を築くとともに木村製作所、木村籐家具工作所を設立。
戦時中はインドネシア原産の籐原料の輸入が困難になり、竹で代用して家具を生産。
戦後、沖縄駐在進駐軍用籐家具大量受注に応じるべく神戸、横浜の華僑を通じ籐原料輸入再開。
籐原料輸入の為の外貨割り当てを得て家具に加工後沖縄へ”輸出”、外貨獲得に貢献。
より良質な原料を求めて本格的に海外進出を開始。
韓国、台湾、香港、中国広東省、シンガポール、インドネシアにて原料の加工と製品の生産準備。
提携工場にデザイナーと技術職人を派遣し海外生産を試行。
日本初となる籐製品を多数リリース。女性をターゲットにした籐家具の開発に注力し日本で初めて籐ドレッサーなどを商品化。海外生産の籐カゴの過剰在庫から発想した3段ランドリーが大ヒット。試作を重ねた籐の回転椅子はロングセラー商品となる。
製造と販売の分離。
世界最大のラタン資源を誇るインドネシアに工場を設立。インドネシア各島より良質な原料を工場に集め家具・敷物の生産を開始。
品質向上と安定生産のため籐家具専業工場と木製品工場を分離。
籐家具工場を中部ジャワ地方チレボンに移転。
インドネシアの貿易に寄与を称えられインドネシア大統領よりPRIMADUTA AWARDを受賞。
インドネシアにて籐家具工場、木製品工場、籐敷物工場が稼働中。日本にて商品企画、検品・販売・メンテナンスと籐の原料から製品まで流通を含め専業者として全般的な要望に添える体制を整え世界各国の籐事業者とともに歩んでいます。